るんるんガイドのコラム。 刊行の時期に合わせ、島を取り巻く自然環境の変化を【海からの声】として、そして われわれのなすべきことを【島からの声】としてお届けしています。    

刊行時期(Vol.)

2010年7月   夏 号  
2010年4月 緑輝号 
2009年7月  夏 号 
2009年4月 緑輝号 
2008年10月 秋 号
2008年7月 夏 号
2008年4月 緑輝号
2008年2月 春 号
2007年10月 秋 号
2007年7月 夏 号
2007年4月 緑輝号
2007年2月 陽春号
2006年12月新春号
2006年9月 秋 号
 

八丈島の自然体験プログラム
夜の森光るキノコ探検
Go
ジュラ紀の森探検
Go
八丈の山と森を歩く
Go
八丈ブルーと遊ぶ
Go
八丈島の花で遊ぶ
Go

2006年9月 秋号 Vol.5

▼この島には黒潮が運ぶ漂着物が沢山、実に色々なものが流れつく。これらにはたいて国籍を推定できる標がある。中国語文字・ハングル・更に南の国の文字、勿論日本語も。

▼毎年春と秋に横間ヶ浦海岸の清掃も兼ね十数年前から漂着物を収集・分類・調査しているグループがある。その調査によるとプラスチックと発泡スチロール、つまり化石資源を原料とするごみが
8割、ハングルと中国文字が目立ち毎年増加傾向、そして相変わらず大量の漁具ごみも。

▼八丈島は太平洋の十字路。ここには海からの警鐘も良い未来を造るためへの指針も確かにある。どう読みどうするかは私たちだ。



        

                               【漂着子】

2006年12月 新春号 Vol.6

▼現在、周囲約69Kmのこの島には、老若男女約8千8百人の人々が暮している。江戸の末期には、ほぼ同じくらいの人々がすでに暮していたと歴史はいう。国地との交通の手段が限られていたその時代に、この島はそれだけの人々を養う力のある、豊かな島であったことを物語る。

▼四国室戸岬とほぼ同じ緯度にあり、南九州よりは北に位置しながら、まさに黒潮の恵みを受けて夏は涼しく、冬は暖かな亜熱帯性の常緑性広葉樹林帯気候、その気候と島人の英知がもたらす豊かな産物を永く海と山から授かってきた。

▼この八丈島の誇りは、自然の雄大さ、素晴らしさと島に暮す人々の温かさに他ならない。そして、この自然の豊かさが、
8千年前の縄文期のその昔から多くの人々を養って今に至ったことも、同時に、次の時代へと引き継ぐための我々が負う責任も忘れてはならない。 

                               【漂着子】
2007年2月 陽春号   Vol.7

地球誕生は46億年前、その6億年後に海中に生命が、恐竜は2億3千年前、人は5百万年前の誕生とされている。これを判りやすく今までの時間を一日24時にたとえれば恐竜から哺乳時代に移ったのが23時47分8秒、人の出現が23時59分3秒、20世紀の始まりは23時59分59秒99。(2002年 立花 隆氏)

▼化石燃料などから出るCO2の排出が温暖化だけではなく海の酸性化をまねき海の生態系(特に珊瑚)に深刻な影響を与える恐れがあるという。CO2の約
13を海が吸収し酸性化がすすむのだ。(123日・朝日新聞)

▼最近テレビで時計の針が
2355分をさしている画をよく見る。 人類が生存できる時間は、誕生から今までを23時間55分とすれば、あとわずか5分しか残されていないという。

▼太古の昔から地球、とりわけ海からの恵みを八丈島は直接受けてきた島。地球温暖化・海の酸性化・海水温度上昇・大気中CO2等様々な信号もそのまま受けられる島。 


                                 【漂着子】
 2007年4月 緑輝号  Vol.8

  「鳥も通わぬ八丈島」とよく例えられるこの島。しかしこの表現とは逆に実に沢山の種類の鳥達を留鳥としてあるいは渡り鳥として見ることができる。いつもの朝は、今の時期はウグイス、これからホトトギスそしてコジュケイなどの声で朝を迎える。島を訪れたバードウォッチャーのご夫妻は、2日で44種を見ることができたと大喜び。そして外国では評判のフィールドなのだそうで、その訳は①伊豆七島に固有の種が多い-珍種多数②大都市東京からのアクセスが良い-多機会③容易に確認できる-多種多数。 実際にアメリカ・オーストラリア・イギリス・カナダなどからのウォッチャーがこの島を訪れている。
313日の朝日新聞に「アジアの水鳥の群れ6割が減少・絶滅の危機」というショッキングな見出し。02年の報告との比較では、特にアジアで1200個体群のうち62%が減少あるいは絶滅が危ぶまれているとある。原因は人間による湿地の破壊や環境汚染が主であるが特にアジアの経済成長に伴う埋め立てが影響していそうだ。
▼地球温暖化による自然破壊も重なり、森が、河川の水が、沿岸湿地が、餌が、鳥達への深刻な影響が予測されている。 環境を護るという事はすなわち地球全体の自然の連鎖を護るということの同義語。   


           

                                【漂着子】

 
2007年7月 夏号  Vol.9

 6月中旬、新緑の北海道を旅した。車の急ぎ旅でしたが、広大な道東から道北稚内に至る自然は、東に茫洋たるオホーツクと西に新緑の大地、そして大空。これが300Km余続く。他に何も無い。もちろん、村落はあり、そこには人々の生活があり、留まって細かくみれば沢山のことがあるには違いないのだが、この自然そのものがなんとも素晴らしい。



▼「なにもたさない。何も引かない。」という
CMがあったのを思い出す。もしかしたら、「観光資源」とかに表現されるものの「本当」はこれなのではないかと「ふ」とおもう。

▼ここ八丈島の魅力は、この豊かな自然と、それにまもられて太古の昔から営々と続いてきた島人の生活そのものに他ならない。山・海・里の自然の美しさを楽しみ、夜は光るキノコの不思議に感嘆し、島酒をそばに八丈太鼓や踊りを体感しながら、島人の話に耳を傾ける。 実際に観光客の皆さまからは、そのような内容の感謝の手紙が届く。そしてそこに共通するキーワードは「癒された」。

▼むやみに島外から異文化になるもの持ちこみ、観光に供するなどは、まさに余興。なぜならば、観光客の皆さまは、「八丈島」を観光にみえるに違いなく、そしてこの島は、その期待に十分応えられる島だからだ。           
                     【感嘆子】
2007年10月 秋号 Vol.10

あるTV番組でお笑いタレントの一人が「灯台下暗し-ってどういうことぉ」と訊いていた。 司会者が「灯台は、遠くまでに光を届けることができるが、すぐ下は照らすことはできないので暗いということだよ」と説明していた。即ちあちこち探しても見つからない解決策が、ほんの身近にあること多いのにそれが気付きにくいという喩えである。 同じようなことわざはないかと考えてみた。

▼「となりの芝生は良く見える」はいかがか。自分の庭(島)を正しく評価しないで闇雲に他家の庭(国地)が良く見えてしまう。 

▼私達日本とりわけ離島に住む人には厭な言葉「島国根性」。これも島という狭いそして外界から閉ざされた環境に住むものは、その情報や経験が限られていることから独りよがりな判断や行動に落ちいりやすいということか。

▼「井の中の蛙、大海を知らず」というのはどうか。井戸の中に住む蛙はその狭い世界しか知らないので、見識の狭い世間知らずになることの喩えか。 最近は情報入手方法も多岐にわたり交通手段も幾通りもあるので島(国)外の人々との交流の機会も多く、このような言葉は必ずしもあてはまらくなったが、時につけ折につけ心するべきことではある。 同時に、この島(国)にはたとえなんと言われようが誇るべき素晴らしいものが沢山あることを忘れてはならない。   「されど空の高さを知る」「されど空の青さを知る」「されど地の深さを知る」と自信をもって。  



    
 
   
                                                               【漂着子】
2008年 春号 Vol.11

 ▼本ガイド紙を初めて刊行してから3年目を迎え、今回で11号を数えることとなった。その間、協賛いただいた広告主、記事にするための様々な情報を下さった方、実際に記事を寄稿された方、読者の皆さま方へ2008年の最初の号を刊行するにあたり、深く御礼を申し上げるとともに、これからもかわらぬご支援をお願いいたします。

本年11日の島の人口は男4,329、女4,265の合計8,594名。さて、過去の本島の人口はと調べてみると1868(慶応四)年は、男3,724、女4,403の合計8,127人さらにその時点の流人が218人、今の人口と殆ど変わらない。 しかしその数字をよく見ると、女性の人口が20%程度多いことに気付く。そしてその割合は江戸時代全体に共通している。八丈島は、絹の島。「女護ヶ島」たる由縁か。

文化・芸能・工芸、様々な技を伝え、塾を開いて学問を教え、この島の発展に果たした1,865名におよぶ流人のこの島への貢献は絶大である。他方、流人も含めそれらを暖かく迎え入れた島人たち。 「おじゃりやれ」の言葉のニュアンスにもあるその気質は、今もそのままに。                      
    

                
【漂着子】

2008年4月 緑輝号  Vol.12

▼中国製冷凍のギョーザ事件以降、食料自給率の問題があらためて表面化してきている。きっかけはともかく、日本という国のあり方の根本をなす重要な問題であるとの認識が社会的に高まり、議論が重ねられ、その結果として良い国民意識と施策が生れるならば、将来への大きな資産となるに違いない。

▼近年の日本人食生活にひそむ問題からは切り離せない言葉、「フードマイレージ」。 日常の家庭の食卓にのぼる数々のご馳走をその視点から一度見てみたい。ここ八丈島の食卓がこの島の海産物・農産物中心であるならば、それはとてもすばらしいこととあらためて思う。

▼「地産地消」、その昔の八丈島はまさにその優等生であったことは間違いなく、そして今もなおその習慣は色濃く残る。地球温暖化防止に少しでも貢献できることもあわせて意識しながら、この島でのその仕組みを皆で守り、足りないところは補い、新鮮な島の野菜や海産物を使ったおいしい料理を、観光においでになる皆様に提供できればと切に願う。  
                     
       

              
                                 【漂着子】 
 
2008年 夏号 Vol.13

「地震雷火事親父」昔から怖いもののランクは、このように決まっていた。

13年と半年を経過した阪神・淡路大地震、多くの犠牲者をみて今なおその傷はいえない。2004年12月のスマトラ島沖大地震津波、今年は中国・四川大地震でおおぜいの犠牲者・不明者を悼むまもなく、東北の岩手・宮城内陸地震でまたも多くの犠牲者、むき出しになった山肌を見てこころが痛む。

パキスタンやミヤンマーでは、強烈なサイクロンによる被害が甚大、アメリカ南部のハリケーンも年毎に巨大化、台風もまたしかりか。 天変地異がこうも度重なるのは、やはり、地球の温暖化・環境変化にあるのか。原因は、諸説があり定かではないが、今、この地球に生きているわれわれ一人ひとりが、こころしてよい環境を守り続ける、あるいは改善していく努力が大事と思う。

「われわれの生きているこの時代は、未来の子供たちから借りている世界なのです。」

自然と一体化して暮らすオーストラリアの先住民族、アボリジニの言葉である。この言葉を肝に銘じて、立ち木一本の伐採からこころして、未来の子供たち(子孫)には、すばらしい地球環境を返してあげることが、今の世に生きている人々の、借りているものの義務であり責務とも思う。この八丈島のすばらしい自然環境も次の世代、そのまた次の世代に恥ずかしくないように、あなたは自信をもって護れますか。       
                【漂着子】


2008年10月 秋号 Vol.14

伊豆諸島巡見日記「南汎録」には、当時の食べ物がたくさん登場する。まず伊豆半島三崎ではヒラメのなます「雪のように白く味も良かった」大島ではアシタバ「味がことに勝れよい蔬菜である」や山桜の実。新島ではカツオやアジの干物さらに式根島ではその肉も味もカツオに似ているカツオドリ、神津島のサザエやホラガイ、トビウオ、松野(まつと)(ころ)という珍しいキノコ、式根島ではヤマモモ「はなはだ美味」とある。

八丈島といえば島ではアブキというトコブシにはじまり、大きなウニ「その味は絶佳であった」、カツオの塩辛「味がことに勝れ」シウデという、さらに小島のカブラ。変わったところでは、富士登山の帰り路に捕らえたマムシ「炙って食うとこの上なく旨かった」。 舟の周りには、いま絶滅が危惧されるアホウドリがいて大きな魚は逃げもせず、潜ればすぐ百個のトコブシがとれ、そして青あおと茂る苗田があった。たった170年前のことである。 その地の旬のものをその地の調理法でいただく。いまでは贅沢に聞こえる「地産地消」がちょっと昔の生活そのものだった。

いま、この島に地産地消をすすめるために生産者と消費者の一体化を推進するグループが活躍中。毎月かわら版「島の生活ガイド」を発刊し、商品情報やこれらを扱うお店の紹介、朝市開催、農協・漁協だよりなどを提供中、是非ご覧いただきたい。このような地道な活動が、実は山を護り、水を護り、豊かな海を取り戻し、そして人を護る。                                    【漂着子】
 
   2009年 緑輝号 Vol.15

八丈空港で降り立ち「緑の匂いが違う!」と感じてから八年目を迎え、島の生活に順応してしまったのか、当初感じた島のすばらしいところが、時の経過とともにあいまいになってきたような気がしている。自分のこと、あるいは島のことを客観的に見る、長短をしる、鳥瞰図的に見る、やさしいようで難しい。

八丈島の良いところは何? その中で暮していると答えがすぐにみつからない。 そこで、今号では、「島外の人から見た八丈島」を特集した。見開きの【八丈島の豊かな緑の資産】とこれからシリーズで掲載する【昔八丈島小話】である。 

前者は、普段見慣れている、あるいは見過ごしてしまっている自然そのものは、実は八丈島が日本のみならず世界に誇れるすばらしい資産であることを教えられ、また後者は、昔からこの島にえいえいと引き継がれてきた言葉や慣習そのものが、この土地にしかない重要な資産であることに気付かされる。 「われわれが生きているこの時代は、未来の子供たちから借りているもの」だとすれば、これらの資産は、そのまま子供たちへ返さねばならぬ。誰の言葉か忘れてしまったが、

 「過去はあたらしく、未来は懐かしい。」 

                               【漂着子】 

 2009年 夏 号 Vol.16

▼日本の月探査機「かぐや」は、611日午前325分、さまざまの成果を残して月面に落下、その役割を終えた。 月の水平線に昇る美しい地球の姿をみて、ほとんどの地球人が感激したに違いない。月面から50~30Kmの近距離軌道からの高解析度カメラに映し出される月面は、細部にわたり鮮明で、高度11千メートルほどの月のエベレスト、3千メートルもあるクレーターの側壁など迫力満点の映像に目をみはった。

月は地球の兄弟星といわれ、「46億年間の古文書」であるという。これから「かぐや」の収集した膨大なデータを解析することで地球の歴史がだんだんとひもとかれることになる。

1969720日アポロ11号の船長二ール・アームストロングが月に人類最初の一歩をしるした。学生時代に白黒のテレビに映し出されるそのさまを興奮しながら見たのはちょうど40年前のことである。そのあと、有人・無人の様々な月探査計画がいろいろな国の思惑の中、進行している。 

▼しかし一方で、月といえば「かぐや姫」の里、ウサギが餅をついているという母と児の空を見上げながらかわす会話やおとぎ話は、ついこの前まであったように思うし、それはそのままであって欲しいと思う。同じく「月」をめでながら酒を酌み交わすこころも一緒に。      【漂着子】

 
 
フデリンドウ

つぼみが筆のようなのでこの名前がついた。
日当たりのよいところに咲く。
 2010年 緑輝号 Vol.17

 「過去をまもるということは、未来を守るということです。」山奥の村に先祖代々にわたり苦労して切り開いてきた「田んぼ」を、一度都会に出ていた人がその里に戻り、今は亡き父母に変わって米つくりを続けることでまもることを決心した、その人の言葉でした。

「ひとは今まで自然という貯蓄の利子の部分だけをいただいて生きてきた。そして、それで十分であった。 しかし、今の人間は、元本まで手をつけてしまい、それも引き出して生きようとしている。」 
北海道の広大な自然をうやまい、神々への感謝の気持ちをこめてその四季のめぐみをいただき、生活してきたアイヌ民族の血を受け継ぐ人が、今の人間の営みや社会を表現した言葉である。

▼自然のめぐみに感謝してこれを破壊することなく、伝統をつちかい、先人の知恵を尊び敬う気持ちは、常に私たちのこころの中にあってほしいとおもう。そして、その気持ちのもとに行動するならば、過去の豊かな生活を損なうことなく、これを守り、そしてそのこころと共に、次の世代を担う未来の子供たちにわたすことができるのだと思う。       【漂着子】


 2010年 夏 号 Vol.18

 ▼2010613日午後1051分(日本時間)頃、小惑星探査機「はやぶさ」は、約60億キロ、7年の旅を終えて、オーストラリア南部の上空で大気圏に再突入し、本体はばらばらになって夜空を閃光で照らしながら燃え尽き、その役目を立派に終えた。そして、本体から放出された回収カプセルは、一条の閃光を放ちながら砂漠に落下し、計画通り地球への帰還を果たした。

38万キロかなたの小惑星イトカワに着地するなどの数々の科学的成果は、日本の英知のたまものであることは言うまでもなく、この偉業を支えた技術が、いわゆる町工場の熟練の伝統技術や学生達の熱意と工夫であったことを「日本の誇り」としたい。

▼即ち、「はやぶさ」は、日本の伝統・技・英知を結集した母親であり、一生をかけたその死と引きかえに日本の
DNAとイトカワから採集したであろう地球誕生49億年の謎を解く鍵を「カプセル」に納め、次世代に伝承するために放出して地球に帰還せしめたように思える。

▼カプセルの落下地点は、現地先住民のアボリジニ―の聖地という。
                  【漂着子】